洋楽弾き語りアーティスト、AORシンガーソングライターTakehitoのブログ
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雨の日が続きますね。
弾き語りライブが明日へと迫った今日、
Neil Sedaka (ニールセダカ)の、
Laughter in the rain
(ラフター・イン・ザ・レイン)
日本語タイトル:「雨に微笑みを」
をカバーしてました。
1974年のニールセダカのヒット曲。(全米チャート第1位)
ニールセダカと言えば、「おお!キャロル」「カレンダー・ガール」
「すてきな16才」「悲しき慕情」「恋の片道切符」他、
60年代に多くのヒット曲を持つAmerican Oldiesのイメージですが、
こちらの曲は、まるでニールの作品とは思えない?
今迄の曲とは違う作品で、大変驚きました。
ボーカルも女性アーティストが歌っているのだと、
本当に思っていました(笑)
当時ニールが、「外来の音楽がもてはやされ、
自分が売れなくなった時のことを歌ったもの」だそうです。
音楽的にも大変、変化に富んだおもしろい曲だと思います。
エルトンジョンやキャロルキングの影響でしょうか?
「AORサウンドへの橋渡しになった曲」との噂もあるようですね。
「雨の中、愛する人と手をつないで歩く」という歌詞の内容にも、
今のジメジメした雨の季節を逆に楽しんでしまえるような感じで、
「ライブでもお客さんに楽しんで頂けるのではないか?」
と思いカバーしました。明日披露します!
★それと、もう一曲”雨に関する曲”やります!お楽しみに♪
6月19日(日) Bar Strega (名古屋池下駅すぐ)
20:00~ 2ステージ ライブチャージ500円
弾き語りライブが明日へと迫った今日、
Neil Sedaka (ニールセダカ)の、
Laughter in the rain
(ラフター・イン・ザ・レイン)
日本語タイトル:「雨に微笑みを」
をカバーしてました。
1974年のニールセダカのヒット曲。(全米チャート第1位)
ニールセダカと言えば、「おお!キャロル」「カレンダー・ガール」
「すてきな16才」「悲しき慕情」「恋の片道切符」他、
60年代に多くのヒット曲を持つAmerican Oldiesのイメージですが、
こちらの曲は、まるでニールの作品とは思えない?
今迄の曲とは違う作品で、大変驚きました。
ボーカルも女性アーティストが歌っているのだと、
本当に思っていました(笑)
当時ニールが、「外来の音楽がもてはやされ、
自分が売れなくなった時のことを歌ったもの」だそうです。
音楽的にも大変、変化に富んだおもしろい曲だと思います。
エルトンジョンやキャロルキングの影響でしょうか?
「AORサウンドへの橋渡しになった曲」との噂もあるようですね。
「雨の中、愛する人と手をつないで歩く」という歌詞の内容にも、
今のジメジメした雨の季節を逆に楽しんでしまえるような感じで、
「ライブでもお客さんに楽しんで頂けるのではないか?」
と思いカバーしました。明日披露します!
★それと、もう一曲”雨に関する曲”やります!お楽しみに♪
6月19日(日) Bar Strega (名古屋池下駅すぐ)
20:00~ 2ステージ ライブチャージ500円
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プロフィール
HN:
Takehito
性別:
男性
職業:
アーティスト
自己紹介:
AORシンガーソングライター、洋楽ピアノ弾き語りアーティスト、作曲・編曲家、トラックメーカー
Birth.4.20、A型、愛知県生。3才の頃よりクラッシクピアノを始め、中学の時、財津和夫率いる「チューリップ」の音楽にショックを受け弾き語りコピーを始める。同時期よりギター、作詞作曲を始め、メジャーデビューを志す。高校時代ではバンドを組みドラムスを担当。
上京し、音楽学校でジャズ理論、コンピューターミュージックなどを学ぶ。この頃より、AOR(アメリカ西海岸音楽)に強く影響を受け、日本語によるオリジナルAORの制作を始める。卒業後は、各種イベントや映像音楽など数多く提供。さらなるヴォーカル力向上の為、安田直弘、譜久里ゆかり、楠木勇有行らに師事し、自身のライブ活動、デモ制作を続ける。
2001年レーベルのオーディションに合格。2003年一人多重録音による日本後AOR「CRY」発売(全国流通)。好評を頂きオリコンデータベース登録(メジャー登録)される。同年プロベーシスト山之内伸治らと「弁天社中」結成。東京でのライブ活動後、’06脱退。
現在は愛知へ帰省し、地元名古屋を中心にレストランやバーなどでの弾き語り活動、楽曲提供などにも幅を広げている。
Birth.4.20、A型、愛知県生。3才の頃よりクラッシクピアノを始め、中学の時、財津和夫率いる「チューリップ」の音楽にショックを受け弾き語りコピーを始める。同時期よりギター、作詞作曲を始め、メジャーデビューを志す。高校時代ではバンドを組みドラムスを担当。
上京し、音楽学校でジャズ理論、コンピューターミュージックなどを学ぶ。この頃より、AOR(アメリカ西海岸音楽)に強く影響を受け、日本語によるオリジナルAORの制作を始める。卒業後は、各種イベントや映像音楽など数多く提供。さらなるヴォーカル力向上の為、安田直弘、譜久里ゆかり、楠木勇有行らに師事し、自身のライブ活動、デモ制作を続ける。
2001年レーベルのオーディションに合格。2003年一人多重録音による日本後AOR「CRY」発売(全国流通)。好評を頂きオリコンデータベース登録(メジャー登録)される。同年プロベーシスト山之内伸治らと「弁天社中」結成。東京でのライブ活動後、’06脱退。
現在は愛知へ帰省し、地元名古屋を中心にレストランやバーなどでの弾き語り活動、楽曲提供などにも幅を広げている。
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